遺言を書くべき人はどういう人なのか。自分は書くべきなのかピンと来ないという方も多いのではないでしょうか。遺言を書くべき人は一部の資産家や相続人間で仲が悪い一つのみと考えている方も多いと思います。しかし、遺言を書くべき事例は意外にもよくあるケースにも多いものです。
元信託銀行員が実際に経験した、遺言を書いておくべき人の事例をご紹介します。
1.信託銀行の仕事とは
まず、初めに信託銀行が遺言に関してどのような業務を行なっているか簡単に解説します。
信託銀行は遺言信託という業務を行なっています。遺言信託とはお客様から遺言の相談を受けて公正証書で遺言を作成、作成後は信託銀行で保管します。
信託銀行の仕事は遺言を作成するだけでなく執行も行います。執行とは遺言の内容を実現するために、金融機関の手続きや不動産の登記をすることです。
信託銀行で遺言の業務をしていると、この人は本当に遺言を書いておいてよかったなと感じる方が多くいます。
一方、ご相談を承って、その後遺言を作成せずに亡くなるケースもあります。遺言を作成せずに亡くなった方の中には作成しておかなくても問題がなかったケースと作成していなかったがために、大きなトラブルに発展するケースがあります。
このシリーズでは遺言信託の業務に携わった経験から遺言を作成しておくべき事例をご紹介します。遺言の作成だけでなく、執行にも関わった経験から遺言を作成した場合としなかった場合の差を具体的に解説していきます。
2.実際にあったトラブル事例〜自宅を遺す人は決めたけれど・・・〜
今回ご紹介したいのは実際に私が信託銀行勤務時代に実際に体験したトラブルの事例です。
【状況】
被相続人:80代女性
法定相続人:長女、次女(夫は既に他界)
<財産>
自宅:4,000万円(相続税評価額)
金融資産:4,000万円
<その他の状況>
被相続人と独身の長女は同居していました。高齢となった母親のために長女は5年間程献身的に介護を行なっていました。また、長女は親の介護のために会社を定年より早く退職しています。長女は住宅地を購入する必要もなく、生活資金もある程度、母親の財産からでていたため、定年より早く退職したもののお金には比較的余裕があります。
次女は結婚して遠方に住んでおり、お盆と正月に帰ってくる程度。子どもが2人いて、共働き。マイホームのローンの支払いと教育費であまり余裕はありません。被相続人は遺言を作成していませんでしたが、同居の長女に自宅は遺すとメモ書きを残していました。
<相続発生後のトラブル概要>
相続発生後、法的効力がないものの母親が残したメモを基に長女は自宅を自分が相続し、当然金融資産は1/2ずつ相続するものと考え次女に遺産の分割について話をしました。
次女は母親の意思を尊重し、自宅は長女が相続することで納得。ただし、金融資産については何も書かれていないため、法定相続割合通りに財産を分けるのであれば自宅不動産(相続税評価額4,000万円)を長女が相続し、金融資産の4,000万円は全額次女が相続するのが平等ではないかと主張しました。
これに対し、長女は母親の介護を行ったことやそのために会社を辞めたことを主張しました。一方で次女は住宅を購入する必要もなく、母親の財産で生活していた長女は介護をしたことにより得るべき恩恵は十分に受けていると主張し、議論は平行線を辿りました。
結局、両者主張の折衷案をとって長女が自宅と金融資産1,000万円、次女が金融資産3,000万円を相続することで折り合いをつけました。しかし、2人の溝は深まったままで、これまでは仲の良い姉妹でしたが、母親の相続がきっかけで疎遠になってしまいました。
3.遺言での解決方法
今回のトラブルは遺言を作成することでどのようにして回避すればよかったのでしょうか。
まず、議論が平行線を辿った理由の一つとして母親が実際はどう思っていたかわからないという点にあります。
長女は不動産を長女が相続し、金融資産は1/2ずつ相続するべきと母親が思っていた「はず」だと考えています。
一方の次女は不動産を長女が相続し、金融資産は次女が相続するべきと母親が思っていた「はず」だと考えています。亡くなった母親の考えを2人で想像しても答えはありませんので、議論は平行線を辿ってしまいます。
今回のケースでは母親が遺言を作成して、金融資産の配分を明確にしていれば防げる可能性が高かったと言えるでしょう。
4.遺言を書く際の注意点
遺言を書くことで今回の事例はトラブルになることを防げた可能性が高いといえます。
しかし、遺言を作成したとしても不動産のことのみ記載していてもトラブルは防げなかった可能性が高いと言えるでしょう。
財産の一部のみを対象とする遺言を作成していたとしても、全財産について記載がなければ相続人が迷ってしまうケースもあります。そのため、遺言を作成する際は全財産について記載することが重要です。
また、配分を決めて遺言を作成する際はなぜそのようにしたのか、付言事項をつけておくことをオススメします。
付言事項とは遺された方に向けたメッセージです。付言事項をつけておくことで遺された方も配分について納得してくれる可能性が高いでしょう。
遺言は法的効力があるものですが、冷たい印象になりがちです。遺された方の中には結果として財産を受け取る財産額が法定相続分よりも少なくなることもあるでしょう。
受け取る財産が少ない方にもなぜこのような配分にしたのか理由を説明することも重要です。付言事項は堅苦しくなりがちな遺言に気持ちを込めることができる重要な部分です。
5.思わぬことでトラブルが起きる
今回ご紹介した事例は法定相続人が子ども2人で不動産は自宅のみというどこにでもありそうな事例です。
相続人である姉妹も元々仲が悪かったわけでもありません。また、どちらかが財産を多くもらおうとしていたわけでもありません。2人の議論は母親が考えていたであろう「公平」について意見が食い違ったため、最後まで噛み合うことがありませんでした。
亡くなった方に意見を聞くことはできませんが、生前に遺言を作成しておけば遺された方が迷うことはありません。今回の事例のように法定相続割合とは異なる分け方をする場合は遺言を作成することを検討した方が良いでしょう。
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